青葉も、紅く色付き、村は稲刈りの時期に差し掛かった。
「雪音ちゃんも、随分と動きが様になってきたな」
「もうこれで、稲刈りは3年目だからね」
この村では、それぞれの家庭で、一家が管理している畑とは別に、
村人たちが共同で育てている田んぼがあった。
「月音さんも、村に嫁いで来たばかりの時は、動きがちょっとぎこちなかったけど、
こうして照と共に毎年稲刈りに参加してくれて、今では雪音ちゃんの先生みたいなもんだからな」
「お陰様で、私も逞しく生きることを学ばせて頂きました」
その時だった。
「モウ~~~ッ!」
「毎度ながらご苦労さんですな」
牛車を引く男が、月音に話しかけてきた。
「こちらこそ、お月見村へのご足労に感謝しております」
男は、お月見村へ、この村の物資を届ける、届け人を担っていた。
「月音さんは、あれからまだお月見村には帰ってないのですか?」
「ええ、もう村を出てから随分と経ちましたが、まだ一度も」
「そうでしたか、良かったらご一緒にどうですかな?」
「モウ~~~ッ!」
「いえ、わたしはこのように、村を出て嫁いだ身です。
余程のことがない限り、戻ることはないかと思います。
お氣遣いありがとうございます」
「さようですか、では、雪音ちゃんはどうですか?
この機会に、母親の故郷を知って貰うのは良い巡り合わせだと思いますが」
「わたし、行ってみたい」
「確かにこれは、雪音にとって良い機会だな」
「本人も照さんもそうおっしゃってることだし、どうですかね月音さん」
「ええ、わたしからも是非お願い致します」
こうして雪音は、
物資の運搬に同行することになった。
「お月見村まで、どれくらいかかるの?」
「社への貢ぎ物がありますゆえに、社を通りますので、
お月見村へ着くのは、明日の日暮れ頃になります」「ねえおじさん、お月見村の人は、何で誰もこの村に来ないの?おじさんみたいな届け人は居ないのかな?」
「お月見村には、届け人はおりません」「それはなぜ?」
「これには、社の掟が関わっています」
「届け物に関わってくる掟は、二つありましてな。
日の心は、その活力を誰かのために使いなさい。
これが私たちの村の掟です。
それと、もうひとつ、お月見村に向けた掟もあって、
月の心は、自らが引き受ける意志を育てなさいと、そう伝えられています」「引き受ける、意志…」
「あがり様が言っておりました。
日の心は、“他者への想い”から。
月の心は、“自らの引き受け”から——
そうやって‶ひとつの心”に繋がって行くと。
……なんだか難しい話ですが、日月の心とはまた別に、大切な心があるようですな」
雪音たちは社に着いた。
世話役の女に案内され、
二人は祭壇でお祈りを捧げた。
その祈りは、社へ貢ぎ物を届けに来たその報告と、
お月見村への道中の安全を祈願するものだった。
「それでは、運びますか」
男と共に、雪音も社への貢ぎ物を運び始めた。「これで、何日分あるんだろう?」
「お月見村への届け物は月に三度、社への貢ぎ物は月に一度だけですな」
ちょうど全てを運び終えた頃に、
あがり様が姿を見せた。
「これはこれは、わざわざお見送り頂き、ありがとうございます」
「お勤め、ご苦労様です」
二人は一礼をして、社を出た。
「リンリンリンリン」
「今晩はこの小屋で休みましょう」
「モウ~~~ッ!」
「この子、名前あるの?」
「ツナギと呼んでます」
「ツナギ、お前も頑張ってるんだね」
「この牛は、前の代から働いております。
こうして峠を越えて、二つの村を繋ぐのは、私よりもずっと古いです」
「モウ~~~ッ!」
「明日は、お月見村まで長い道のりです。
今はゆっくりと体を休めてください」
「雪音ちゃんは、お母さんから、お月見村のことを色々と聴いておりますかな?」「私は、お月見村の人が織物や染め物をしていること以外は、何も知らないよ」
「そうでしたか。
月音さんも、照さんと出会ってからは、さぞかし多くの試練を乗り越えて来られたようです。
特に聴かれなければ、自ら話す人ではないでしょうな…
宜しければ代わりに私が、お月見村のことをお伝えしましょう。
私に何か聴いておきたいことはありますかな?」「これまでに、うちの村に嫁いできたお月見村の人は、他に居ないのかな?」
「村に嫁いできたのは月音さんが初めてだと思いますが、
照さんと月音さん以外に、遠い昔、お日様とお月様が結ばれたという神話が残っています」
「遠い昔の、神話…」
「……そんなに、昔の話なんだ……」
言い伝えによれば、昔、あがり様として、社に住んでいたのは、元々男だったそうです。
そして、ある時代に、あがり様といり様が結ばれたとか」
「…」
「まぁ、どこまでが本当にあったことなのかは、知る由もありませんが」
「でも、神話として残すということは、何か伝えておきたいことがあったのでしょうな」
「おや、ようやく、お月見村が見えてきましたな」「あれが、お月見村…」
二人は、お月見村に到着した。
村に流れている川の透き通った水が、夕焼けの光を映し出し、
村の中央には、大きな煙突を有した酒造場があった。
「どうぞ、ごゆるりと」
村の男が会釈をしながら立ち去って行った。
雪音は村の光景に圧倒されて、ただただ、立ち尽くしていた。
「初めて見る村の、 眺めはどうですかな?」
「……なんだか、凄い…」
「村の中央にありますのが、私たちの村から運んだ米で造られる、お酒の工場です。
この村では、ものづくりに長けている人が多いため、他にも、機織り場や、靴の製作所、
そして、楽器を作っているところもあります」
「……楽器もあるの?」
「私たちの村でも、縦笛や太鼓がありますが、ここでは、弦楽器と呼ばれる楽器も作られております」
すると雪音は、小川の近くで楽器を弾いている女性を見つけた。
「あれがそうかな?」
「さようです。
あれは琴と呼ばれる弦楽器の一種です」
「ママは…ここで暮らしてたんだ…」
「少し、村を見て回りたい」
「まあいいでしょう。
私はここにおりますので。」
「ありがとう。
じゃあ、またあとで」
そう言って雪音は、心を躍らせながら、村を探索し始めた。
小川沿いを歩いていた雪音は、
時々、物珍しそうな顔で見られながらも、
この村で触れることのできる文化の違いを、直接肌で確かめていた。
酒造場などを一通り見て回り、
戻ろうとしていると、
ある少女が、
雪音のことをジッと見つめていた。
「こんばんは、
私は雪音、
お名前は?」
雪音がそっと尋ねると、
少女は逃げるように去って行った。
雪音が戻ると、
村人たちが、
列をなして並んでいた。
「ありがとうございます」
「ありがとう」
「感謝致します」
どうやら、村全体の届けモノとは別に、
個別でお米を分けている様子だった。
「戻られましたかな」
「凄い行列だね…」
「こうして一家を代表する一人一人が、丁寧にごあいさつを交わされて受け取って行かれることが、
この届けモノをする、本当の理由です。」
「いつもありがとうございます」
「ありがとう」
その光景を見て雪音は感じた。
こうして、
ひとつひとつの感謝の言葉を、
これまでも、そしてこれからもずっと、繋ぎ続けて行く届け人という勤めの偉大さを。
しばらくして、列も残りわずかになってきた頃、
雪音は、物影に隠れながらこちらを覗いている、先ほどの少女に氣付いた。
「あの子…」
「あの子はいつも列が終わったころに訪れます。
三年前に、ご両親を亡くされてからは、親族に引き取られたのですが、
こうして両親と共に暮らしていた頃の家の代表としてここに並ばれるのです」
少女は列に並び、
米を受け取って、
あいさつもなしに、そそくさと帰って行った。
「名前を見夜と言います。
見夜は、米を受け取る際はいつも、心の奥で謝りながら受け取っています」
「私にも…そう感じた」
雪音は、見夜が帰って行った方角をジッと見つめていた。
「自分には、ごめんなさいって言っている。
そして、いずれは、見夜が見夜にありがとうを伝える」
「ほう。
そこまで見えましたか」
男は、雪音の目線の先にある、見夜の光を共に見つめながら言った。
「こうして、少女の引き受ける意志が育って行く様を見届けられるのは、
この届け人という勤めのお蔭です」
夜空を見上げると、
その届けモノを、優しく見守る、
お月様の姿があった。
夜が明けると、
牛車の荷台に、
お月見村の工芸品や果物など、
たくさんのお返しが詰め込まれていた。
雪音たちは身支度を済ませ、
深々と一礼をして、
村を発った。
日月物語 第一章 3話|届けモノ – お月見村へ

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