統合失調症とは複数の自分に気づくためのワーク

統失について

こんにちは。

真人生探求家のゆうきです。

今回は統合失調症をスピリチュアルな目線でお伝えします。

私は統合失調症になってからというもの、まるで自分がバラバラの複数の人間になった気がしました。

「本当の自分って何だろう?」

その答えを探し続けました。

答えは、複数居るということにたどり着きました。

人は色んな仮面を身に付けている。

そういう当たり前のことが腑に落ちた瞬間がありました。

「自分」という言葉も「自らを分ける」と書きます。

つまり、自分とは単数ではなく複数居ること。

「自分」という言葉からもそれがわかります。

そして現在では「自分」を一つにまとめ上げました。

「合体」したのではなく、好きな自分を選べるようになりました。

複数の「自分」の考えを一つにまとめることで極々自然に「自分」を表現するようになりました。

「統合失調症」とは良く言ったもので、「自分」をまとめる(統合する)ことができなくなる(失う)病気です。

では、統合失調症の病気を患っている私たちは

「一体何の得があってそうなったのか?」を追求したいと思います。

統合失調症は天からの贈り物

幻聴と導き

私が考えるに、統合失調症とは天からの贈り物です。

なぜそう言い切れるのかというと話は長くなりますが、後ほど説明します。

私は病気が寛解(かんかい)した今も幻聴が聴こえます。

「幻聴が聴こえる」というと「まだ病気が良くなってない」と感じる人も居ると思います。

でもこれが辛くはないのです。

むしろ喜びの方が多いと思います。

「幻聴」と聞くと悪いイメージがありますが、現在は悪口を言われるということはなく「導き」に近い感覚で聴こえます。

無視することで消すこともできます。

しかし、私が聴こえる「導き」は自分自身が良くなるための言葉が多いです。

例えば「私生活をちゃんとしたら良いことが起きるよ」だとか、「あなたは○○の心を受け入れなさい」とか言った言葉が聴こえます。

その言葉通りに動くと不思議と心身が軽くなる気がします。

心身を何度も軽くさせてもらっているので、「導き」が聞こえたら、ついつい聴き耳を立ててしまいます。

「幻聴」が聞こえるあなたもいずれは「導き」に変わるでしょう。

私が「幻聴」が「導き」に変わったきっかけは「悪口言われない自分になる」と決めたことがきっかけでした。

すると、次第に悪口が減っていき、しまいには祝福の言葉を貰うようにもなりました。

今となっては「他人に悪口言われようが構わないが、自分には言われたくない」という考え方が正しい在り方だと感じています。

その考え方こそが「幻聴」に負けない自分を作っていくことに繋がると思います。

科学的な話をすると、「幻聴」は実際に他人がそう言っているのではなく「自分自身」が無意識に思っていることが聞こえると思います。

なので「幻聴」はあなたを中心とした会話が繰り広げられます。

つまり、心の奥底ではあなたは「幻聴」を欲しているのです。

「えっ、こんな辛いこと欲してなんかいないよ」

と思った方はまだ自分の心が見えていません。

頭を空っぽにして心を見つめてください。

きっと深いところであなたが「幻聴」を欲していることに気がつくはずです。

妄想と信じる力

統合失調症になると自分の「妄想」を信じてしまう傾向があります。

これは以前にも説明しましたが、潜在意識に深くアクセスしていることが理由です。

潜在意識に深くアクセスすると様々な思考の材料が材料のまま頭に上がってきます。

すると頭は混乱を避けるために材料を組み立てて思考にするのです。

その思考が「妄想」になります。

とても深いところから出て来た材料から作られた思考は、あなたの精神を深く深く沈めます。

精神が深いところにあると何でも信じ込んでしまいます。

これは一種の催眠状態と似ています。

だからあなたは意味のない「妄想」をあたかも現実の様に感じてしまうのです。

ならばその「信じる力」利用してやれば良いじゃないかと私は考えました。

色々な「妄想」を信じてしまう前に自分で「想像」したことを心から信じてみようと思ったのです。

そう思うようになったきっかけは「スピリチュアルな情報」をネットで信じるようになったのがきっかけです。

「スピリチュアルな情報」は信じることで救われました。

ならば「その情報」をもとに色々な「想像」をしました。

例えば「統合失調症は天から与えられた贈り物」と信じることで、この病気になった意味を見出しました。

この病気は「本当の自分を探す旅」なんだと考えるようになり、「本当の自分を見つけたら旅が終わる」と信じていました。

今思えば心からそう信じることでそれが潜在意識に刷り込まれていき、現実になったのだと思います。

先ほども言いましたが統合失調症は「自分を失う」病気です。

そして、それ自体「複数の自分を見つけ、一つにまとめる」ワークなのです。

導きと信じる力

統合失調症によって病気を発症する前よりも良くなった点がたくさんあります。

その中に「導き」と「信じる力」があります。

私は無神論者でしたが、今では「神」を信じてます。

どこかの宗教に属しているわけではないが、自分なりの信念を「神」と崇めているのです。

「神」と聞いてあなたの心はどんな感じがしますか?

尊くて、崇高で、偉大で、神秘的で、大いなる力を持っているように感じるでしょう。

意識的に感じてなくても無意識にはそう感じているはずです。

「神」とはその感覚を一言で現わせるとても貴重な言葉です。

また、頭のどこかには科学を信じている自分が居ます。

科学的には「神」は人間が作り上げた「幻想」だと言われています。

でも私はこれに対して「神」は「幻想」ではなく、「感覚」だと答えます。

確かに「神」を感じるのです。

それは無神論者にはない感覚でしょう。

私は無神論者でしたからその感覚もわかります。

でも統合失調症のおかげで「信じる力」が強くなっていたので、「神」を感じるまでになったのだと思います。

そして、自分が感じている「神」は自分自身だと考えています。

都市伝説業界やスピリチュアル業界でも共通して、人間は神が宿っているとされています。

そして「古事記」でも天皇が天照大御神(アマテラスオオミカミ)の子孫であることから、日本人は神の子孫と言われています。

それはつまり、【この上なく自分を信じよ!】ということなのです。

あなたは、どんな言葉を信じたら一番自分に自信が持てますか?

無神論者なら十人十色でしょう。

しかし、「神」を感じる人ならば、「あなたは神です」という言葉が最も自分に自信が持てる言葉なのではないでしょうか。

「神」を感じるのはあくまでも手段の一つで、目的は「この上なく自分を信じる」ことが目的なのです。

そして「神」を感じることで私は「自分自身を信じる力」が日に日に強くなっていっています。

「自分を信じる力」をグラフにした場合、毎回、今日が最高地点でこれ以上はないと思っても、さらに「信じる力」が右肩上がりに上昇します。

グラフ全体を分析すると、常に右肩上がりなのでこれからも「神」が高みへ連れていってくれるような気がしてきました。

そして「神」は複数存在していると感じます。

宇宙を創った神こそが「古事記」に出て来る「天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)」と信じています。

これは大和言葉を研究している言語学者の「林英臣」さんが「古事記」を「50音に注意を向けて読むとそう書かれてある」と言っています。

そして毎日の様に「導き」を感じます。

私の存在を少しでも「神」に近づけようという声が聴こえるのです。

「導き」によって様々なことに感謝することができるようになりました。

辛い経験にも感謝することができます。

そして辛い想いを体全身で受け入れ、さらなる「導き」を得るのです。

現在ではそんなに辛い想いはしませんが、静かな喜びを感じます。

心の奥底の静寂の中で喜びの音と色が響きあっています。

これも「導き」と「信じる力」のおかげなのです。

そしてそれをもたらすきっかけになったのが「統合失調症」です。

だから「統合失調症」は「天からの贈り物」なのです。

「統合失調症」は私を変え、私をここまでにするために必要な「こと」だったのです。

最後に・・・

最後にあなたへメッセージを送ります。

これは私からではなく天からのメッセージです。

「この世界はあなたを祝福しています」

以上です。

ここまで読んでくれてありがとう

からあなたを祝福します

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