悲しい出来事が起こった時、
日の心は時々雲隠れすることがある。
雲隠れが常習化すると、心は荒み、心の岩戸が閉まり、そしてついに、闇へ落ちる。
闇落ちしたお日見村の人は、隣村へ行き、月の心に囲まれて心の傷を癒さないと村へ帰れないという掟があった。
「岩戸が閉まっておる、お月見村へ行きなさい」
「そんな・・・あがり様、俺はまた、お日見村に戻れるのでしょうか?」
「過去に闇へ落ちて戻ってきた村人は、まだいない」
「そんな・・・」
男は言葉を失った。
日の心が健在であれば、「まだ」という言葉だけを切り取り、その可能性に自分を照らし合わせ、「もしかしたら自分だけは」そう思うのであろうが、岩戸が閉まった今となっては、
自分を照らす日の光を失っている。
男は何も言わず社を出た。
そして男は月見村に向かう道中で、
川で洗濯をしている一人の女を発見した。
「あの~、もしかして、お月見村の人ですか?」
振り返った女は、ニコッと微笑んだ。
「あの・・・」
男は衝撃を受けた。
今までこんなに美しい笑みは見たことがなかった。
(なんて美しい笑みを浮かべる人なんだ・・・)
男は尋ねた。
「あの、お名前は?」
「お答えするほどの者ではありません」
そう言うと、女は洗濯物をカゴに入れて、
一礼をして去って行った。
「お月見村か・・・」
しばらくすると、男はお月見村の入口に辿り着いた。
「ここがお月見村・・・」
村の中央にそびえたつ大きな蔵の中では、
何やら湯煙が立ち込めていた。
「あの~、お日見村からの者ですが・・・」
男は通りすがりの村人の青年に話しかけた。
「どうぞごゆるりと」
青年は微笑みながら一礼をし、去って行った。
「さて、どうしたものか、とりあえず先ほどの女を探してみよう」
そう言うと、男はそそくさと歩き出した。
村では、多くの人々が村の中央の蔵に出入りしていた。
「あそこを探してみよう」
蔵に向かう途中で男は奇妙な光景を見た。
「あれは・・・」
男が見たモノはお墓だった。
お墓に近づくと、そこに刻まれていた文字を見て男はゾッとした。
なんとソコは、お日見村からの闇落ちで訪れた者たちのなれの果ての姿だった。
すると、
お墓の前に座り込んでいる、顔を赤らめた男を見つけた。
「おい、照じゃないか?」
顔を赤らめた男が言った。
「え、誰ですか?」
余りにもみすぼらしい姿に男は少し抵抗を感じていた。
「俺だよ、陽だ、わかるか?」
「陽って、あの狩人の陽か?お前、なぜここに・・・」
「俺もお前と同じさ」
酒の臭いをぷんぷん漂わせながら、顔を赤らめた男が言った。
「ここに来たらもうお終いだ・・・村にも戻れねぇし、ここの村の住人は誰も俺の心を癒してくれねぇ。
わかるか?月の心に、癒しの力なんてねぇんだよ」
「陽、お前はいつからここに?」
「3ヶ月ほど前さ、数百人しかいねぇお日見村で、俺が居なくなったことも氣づいてもらえねぇのか、寂しいな~」
「そうだったのか、陽、悪い事は言わねえ、俺と一緒に来い、月の心は本物だ、俺はとある女を探している」
「うるせーよ!ここは俺の縄張りだ、文句があるなら出て行ってくれ!」
「陽・・・」
男はしばらく佇んでいた。
「よし!あの女を探そう!!」
「陽、また来るからな」
男は再び中央の蔵へ向かった。
蔵に入ると、高い天井の下で、黙々と作業をしている人々に、男が声をかけた。
「あの~、すみません、人を探しているのですが・・・」
男はかたっぱしから声をかけて回ったが、
みんなニコっと笑みを浮かべるだけだった。
「くそ~、このままではらちが明かねぇ、とりあえず今日の寝床を確保しなくては」
男はこの村の民家を一軒一軒訪ねては、泊めて貰うように交渉することにした。
しかし、どの家の扉を叩いても、何の反応もなかった。
辺りはすっかり薄暗くなっていた。
「それにしても、素敵な笑みだったな」
川での出来事を振り返りながら、
男はその辺の草を敷き詰めて、その上に寝転がった。
「はぁ、一体俺はこれからどうしたらいいんだ」
そう言いながら、男は眠りについた。
しばらくすると、
昼間に何の反応も示さなかった民家から、ぞくぞくと人が出て来ては、扉の前でひざまずき、両手を握り締めて月を見上げていた。
「お月様、今日も一日平和な時間を過ごさせて頂きました」
「心よりお祈り申し上げます」
何やら騒がしくなった村の様子を感じて、男は目が覚めた。
「何だ?みんなで月光浴か?」
「そうだ、あの女はどこだ?」
村中を走り回った男の目に映ったのは、見ず知らずの人々だけだった。
「もうダメだ、これ以上走れねぇ」
男は息を切らしながら、その場で大の字になった。
「お月様か~」
見上げる夜空には、満天の星空と満月が浮かんでいた。
すると男は、村の端にある高台で、たいまつが燃えているのを発見した。
そこで何やら祈りの儀式を行っている巫女の姿があった。
その様子をジッと見ていた男に、再び衝撃が走った。
「待てよ、あの巫女はもしかして・・・」
すぐさま起き上がった男は、高台を目掛けて一直線に走り出した。
「おーい!」
高台に近づいた男が大きな声で呼び掛けた。
すると、一瞬巫女の視線が男に向けられたが、
巫女はすぐにまた儀式を続けた。
男は高台の下でずっと巫女を見上げながら佇んでいた。
儀式が終わると、世話役の女と共に高台から降りて来た巫女を見て男は言った。
「あの、俺のこと覚えてますか?」
「あなたは、先ほどの・・・」
巫女の姿は昼間に川で見た時よりも更に煌びやかで、
神秘的な氣をまとっていた。
「俺、照と言います、良かったらお名前を教えて下さい」
ニコっと微笑んだ巫女は、一礼をした。
「月音と申します」
「月音さん?なんて素敵な名前だ、よかったら少しお話を・・・」
「申し訳ございません。もうお時間がありませんので、それに、この名前は今日で最後になります」
「これからは巫女として、いり様と呼ばれることになります」
「いり様?」
「えぇ、この村の巫女の名前です。では失礼させて頂きます」
「ちょっと待ってくれ」
そんな男の声も虚しく、
女は村を出て、世話役の女と共に社に向かった。
「月音さんか・・・良し!俺は決めたぞ」
何やら男は決心した様子で村を出た。
しばらくして、
「おーい!待ってくれ!」
男が巫女に向かって話しかけた。
すると巫女は強い口調で答えた。
「ここに来ては行けません!」
すっかり暗くなっていて氣がつかなかったが、
男の目の前には、社がそびえたっていた。
「あの、俺、昼間に川で会った時から、月音さんのことがずっと氣になってて・・・」
「今すぐお帰りになられてください」
「あの、少しだけでも僕とお話をして貰えませんか?」
「・・・」
「実は俺、自分の村に戻れなくて・・・」
「知っています」
「一体どうすれば心の岩戸が開くのか教えて頂けないですか?」
「それは存じておりません」
「そうでしたか、月音さんはなぜ巫女に?」
「あなたにお伝えする必要はありません」
「それに、この社の敷地をまたいだら、私はこの名前を捨てなければいけません。どうか、他を当たってください」
そう言うと女は敷地をまたいで社の中へ入って行った。
扉が閉まるまで男はずっと巫女に視線を寄せていた。
男は黙ったまま、社の敷地の一歩外でずっと佇んでいた。
そして、朝を迎えた。
「諦めてたまるか!!」
すると、男のみぞおち辺りが輝きを放った。
「何だコレは!?」
YouTube動画(全テロップで音声とBGM付)第4話「二つの名前」
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