「ばぁ様、あがりばぁ様、雪音を連れて参りました」
大きな声で男は言った。
「どうぞこちらに」
世話役の女に連れられて、二人は社の奥の部屋に入って行った。
すると、しわだらけの女が目をつぶりながら、手招きしている。
「二人共ここに座りなさい」
用意された敷物に座ると、
辺りをキョロキョロ見渡す雪音。
周りには異様な絵が、まるで今までの世界の歴史を語るかのように飾られている。
すると、雪音はある絵に釘付けになった。
その絵はおぞましいほどの大洪水の絵だった。
「その絵が氣になるか?」
しわだらけの女が尋ねると、
「なんだか怖い」
そう言いながらも、
雪音はじっとその絵を見つめていた。
「さぁ、これより儀式を行う」
しわだらけの女は瞑想を始めた。
しばらくして、瞑想を続けるしわだらけの女に男は言った。
「あがり様、娘は一体どっちなのでしょうか?」
「これを焚きなさい」
男の言葉を無視して、しわだらけの女は世話役の女に麻の葉を燃やすように言った。
モクモクと煙を上げながら、部屋の隅々まで煙が行き届く。
「麻は、日の心を持っている」
続けてしわだらけの女が言った。
「麻に呼ばれなければ、そのまま帰りなさい」
「呼ばれるに決まってる」
男は言った。
すると、男はだんだんと幸せな感覚に包まれて行った。
そんな中、雪音には何の変化も現れてない様子だった。
「儀式は終わった、そのまま帰りなさい」
「え、ちょっと待って下さいあがり様」
「雪音は月の心だったということですね?」
「夜にまた来なさい」
「そうでしたが、わかりました」
「ほら、雪音、帰るぞ」
二人はまた村に戻った。
すると、牛飼いの男がこっちに向かって来る。
「おーい、テル、雪音ちゃんの儀式は終わったのかい?」
「あぁ、お日様ではなかったようだ」
「そっか、では隣り村へ?」
「いや、俺たちのお家はここだ、雪音はここで暮らす」
強い口調で男は言った。
家に着くと、はた織りをしながら心配そうに待つ女の影が見えた。
バンと扉を開くと男は言った。
「おーい、月音、お前の勝ちだ」
はた織りの手を止めて女は言った。
「そうでしたか、ではまた夜の儀式へ?」
「あぁ、俺は夜だと社には入れねぇ、月音、頼んだぞ」
「わかりました」
しばらく二人のやり取りを聴いていた雪音が口を開いた。
「ねぇ、パパ、ママ、私はママ似?」
「あぁそうだ、雪音はママと同じさ」
しばらくして夜が来た。
月の明かりを頼りに社に向かって歩く二人。
「ねぇ、ママ、お月様ってなんで私をずっと観ているの?」
「それはね、雪音にはパパにはなくて、ママにあるモノを持っているからだよ」
「月の心?」
「えぇ、そうよ」
「じゃあ、なんでお日様も私を観るの?」
「・・・」
女は薄っすらと涙を浮かべながら微笑んだ。
社に着くと、お昼に観た世話役の女が立っていた。
「お待ちしておりました、さぁ、いり様のところへ」
社の奥には、さきほど、しわだらけの女が座っていたところに、今度は美しい若い女が座っていた。
「さぁ、どうぞ、こちらへ」
若い女は言った。
二人は用意された敷物に座った。
そして雪音はあの大洪水の絵を一瞬観たが、すぐに目をそらした。
「さぁ、これより儀式を行います」
若い女は続けて言った。
「これをお飲みなさい」
小さな器になみなみと注がれたのは、隣村で創られたお酒だった。
「さぁ、飲んで」
雪音は器を手に取り、ゴクゴクと飲み干した。
「うえー」
下を出しながら雪音が苦しそうにしている。
「お酒は、月の心を持っています」
「今からその心と雪音さんの心が共鳴するかを観て行きます」
そう言うと、若い女は瞑想を始めた。
しばらくすると、
閉じていた女の目がそっと開いた。
「月の心との共鳴は起きませんでした」
「そうでしたか・・・」
事態を把握した女の目に涙が溢れた。
「いり様、雪音はこれから何を信じて生きて行けばいいのでしょうか?」
「少なくともお日様とお月様を信じてはいけません」
「これは古い言い伝えですが、過去に起きた心の大掃除の時代に、とある一人の少女が、この國を救ったという話があります」
「その少女が一体何を信じていたのかは今は知る由もありませんが、きっと雪音さんも何か大切なモノを信じる時が来るはずです」
若い女の言葉を受けて、雪音は沈黙していた。
二人は社を出た。
「ねぇ、ママ、産んでくれてありがとう」
満点の笑みを浮かべながら雪音が言った。
「生まれてくれてありがとう」
女も微笑み返した。
しばらく沈黙が続き、
雪音は歩きながら女の手を握った。
「ママはいいなぁ、私もお月様とお話したい」
「雪音もきっとお話できるわよ」
「ねぇ、今お月様は何か言っている?」
「お月様はいつでも雪音を見守っているわ」
「うん」
二人は村に戻った。
すると、村の入口で男が待っていた。
「パパ、ただいま」
「おかえり」
「どうだった?」
「あなたが言う通り、雪音は特別な子だったわ」
「そうか」
事態を把握した男は雪音の頭にそっと手を載せた。
「きっと上手く行く、そうに違いない」
男は強い口調で言った。
そして三人が家に帰ると、雪音が口を開いた。
「ねぇ、パパママ、私、パパとママを信じたい」
「そっか、パパも雪音のことを信じているよ」
「ママも雪音のこれからを祈っているわ」
「さぁ、もう今日は遅い、そろそろ寝ようか」
三人はひとつのベッドで眠ることにした。
「ねぇ、パパとママの出逢いを教えて」
「そうだな、雪音も半分大人になったから、この機会に全て話そうか」
男は語り始めた・・・
YouTube動画(全テロップで音声とBGM付)【日月物語】第3話「禁じられた愛」
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