後回しの癖

ポエム

後回しの癖が治らない。

嫌なことは後回し。

結局後が詰まってから動き出す。

少年時代から夏休みの宿題は後回しにして来た。

今でもその癖がある。

さっさとやれば何てことないのに。

思うに、後回しとは現実逃避の一種だ。

現実と向き合う覚悟が出来ていない。

不安や恐怖、面倒くさい現実。

それと向き合うには覚悟が必要。

今回後回しにしたことを終わらせてこれを書いている。

どうやって重たい腰を上げたか備忘録を兼ねて書き留めるとする。

まず、瞑想した。

なぜ後回しにしたいのかを突き止めるためだ。

結局答えは「面倒くさい」の一辺倒。

根本的な何かは見つからなかった。

しかし、自問自答を諦めてから良い結果を招く様になった。

久しぶりに「天乃御中主神(あめのみなかぬしのかみ)」に感謝した。

一時間ほど感謝しまくった。

するとどうだろう。

今の自分に欠けている物への意識を止め、今の自分にある有難い現実に意識を向けだした。

自分に欠けている物があるから後回しの癖が治らないのではない。

自分にある有難い現実に目を背けるから後回しの癖が治らないのだと感じた。

今あることに感謝の念が足りなかった。

当たり前の様に生きていた。

それが後回しの正体だ。

感謝という感情は重たい腰を持ち上げるのではなく、重たい腰を軽くする。

癖や習慣は時間をかけないと治せないが、また後回しの癖が出たらこのポエムを読むとする。

「案ずるより産むが易し」

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