「今すぐに悩みを解決したい」。
そう思ってとっさに軽い言葉を発する。
これが裏目に出ることが良くある。
昔からせっかちで、ジッと耐えることは精神衛生上良くないと思っていた。
しかし、どうだろう。
ジッと耐えることをしない人生なんて逃げ道しか歩めない。
逃げ道に光が差し込むこともあるとは思うが、光は辛いことに立ち向かう精神を持った人にしか見えない。
逃げてばかりでは光も無い。
辛いことを耐え忍ぶ。
これは一時的に精神を圧迫する。
その圧迫は何をもたらすのだろうか。
逃げて逃げて逃げ回って来た人生に一体何の意味があるのだろうか。
その疑問に答える時が来た。
我慢がもたらすモノ。
それは「魂の輝き」だ。
日本において、魂は磨くモノという認識がある。
磨けば輝く。
まるで水晶の様に。
それが魂だとしたら、我慢はきっと魂を磨くことに繋がるのだろう。
逃げ回っている人生を歩んでいる人は魂に輝きがない。
魂に輝きがないと死ぬ時にきっと後悔するだろう。
あの世へ持って行けるのは魂だけ。
「なんと素晴らしい人生だったか」
そう思って死にたい。
それが人生の最終目的。
ゴールは決まった。
そこから逆算すると我慢が大切に見えてくる。
種を撒いたら芽が出るまでは我慢が必要だ。
ジッと土の中で耐え忍ぶ。
そうすると陽の目を浴びる時がやってくる。
我慢しない人は撒いた種を掘り起こして次の種を植えようとするようなモノ。
それを繰り返すと一生陽の目を見ない。
耐える。
た:高く広がる
え:分岐して伸長
る:活動や変化
まとめると「高く広がり分岐して伸長する」。
きっと土から芽を出す前に我慢が必要なのだろう。
人の氣持ちには浮き沈みがある。
沈んだ時こそ我慢が必要だ。
幸せの種を撒いたら陽の目を見るまで我慢してみよう。
今私は土の中。
我慢の時。
いつか陽の目を浴びることを夢見ながら耐え忍ぶ。
今はそれでいい。
心からそう思う。
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