人生の階段には普遍的なルールがある。
登り方は自由だが、全ての段を踏む必要がある。
二段飛ばし、三段飛ばしで駆け上がるのは本人の自由だ。
でも踏まなかった段はいずれ戻って踏みなおす必要がある。
エスカレーターに乗った人は後が大変だ。
そう考えると一番効率的な登り方は一段ずつ登ることだ。
そして階段には自分専用の階段と他人専用の階段がある。
それはとても似通っていて見分けが付かない。
だから間違って他人の階段を登ることも良くある。
他人の階段は踏んでもムダ。
他人の階段を踏むということは、他人に自分を預けるということ。
決してそれは利他の心ではない。
利他の心は自分専用の階段にある。
それもかなり上の方にあるため、そこに辿り着くまでには全ての階段を踏んでいる必要がある。
そして利他の心のすぐ上の段に「意志の力」がある。
「意志の力」はとても軽くて原則的なモノだ。
よって「意志の力」で行動すると淡々と軽やかにそして確実に前に進める。
私はそこまで到達した。
この上にはおそらく「影響の輪」という段が続いている。
その段を登ることで相互依存が上達していく。
他人の光を見出す力。
それが相互依存の力だ。
それを持つに前に自分の光を見出す必要がある。
他人の光を見出すのはそれからだ。
輝く必要があるのはあなただけじゃない。
他人にも輝いて貰う必要がある。
それが大切な人なら尚更。
他人の光は上から目線じゃ見えない。
同じ目線が必要だ。
同じ目線で物事を考える。
そうすると「あなたの光を理解したい」という無言のメッセージが相手に届く。
「7つの習慣」という本にもある通り、人格主義から来る無言のメッセージは何よりも雄弁だ。
大切な人から始めて、出来るだけ多くの人に無言のメッセージを届けよう。
今は心からそう思う。
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