「お金を稼ごう」。
そう決めた時、内から力が込み上げて来る。
それが何故だかわからない。
「自分はお金を求めていた」。
それだけは確かだ。
お金は強く求めないと手に入らない。
「あれば良いよね」ぐらいの感覚でいると全くもってお金は寄ってこない。
強くお金を求める。
それだけで人の役に立てる氣がする。
「お金が無くても・・・」と考えて居たら力が湧いて来ない。
楽してお金を稼ごうと思っても力が湧いて来ない。
かと言って苦労してお金を稼ごうと思っても力が湧いて来ない。
「必要あればそれをする」。
そう思うと力が湧いて来る。
お金にはそんな不思議な力がある。
物欲を捨て、エゴを捨て、物理的自由を諦めた人は大抵お金が嫌いだ。
そんな人に言いたいことがある。
「お金」に価値があるのではなく、「お金を稼ごうとする精神」に大きな価値がある。
「お金を稼ごうとする精神」は現実世界を生きる覚悟が必要だ。
いくら精神世界で幸せでも、現実から目を背けたらそれは単に自分を正当化しているに過ぎない。
例え意識しなくても「お金を稼げない自分」という存在が常に付きまとうことになる。
どこかでそれが浮き彫りになる時が来る。
「お金を稼げない自分」を捨てなさい。
「お金を稼ごうとする自分」になりなさい。
実際に稼げたかどうかはそんなに氣にしなくても良い。
そうすればあなたの悩みがどれだけしょうもないことかわかる。
「あれがあるから稼げない」
「これがあるから稼げない」
そう自分でブレーキをかけている人は不幸だ。
お金の力の本質は「物やサービスとの交換」ではない。
お金の力は「お金を稼ごうとする心」に宿り、それが人と人を繋ぐ。
お金は唯一人類全体が持つ宗教だ。
人類は皆お金を信じている。
だからこそ人と繋がれる。
お金は古くから全く別々の場所で生まれた。
最初に提案した人が広めた訳じゃない。
人は自然とお金という存在を創る生き物なのだ。
便利さを追求すればお金は自然に生まれる。
お金は人の叡智の結晶だとすれば、その力を利用しない手はない。
お金の魔力に取り付けれた人は苦労するが、お金の魅力を活かす人は元氣になれる。
お金の魅力とは「お金を求めること」その物にある。
「欲しい」という氣持ちは精神に安定を来たす。
本氣でお金を稼ごうと決めた時、あなたはこんなブログを読む必要も無くなるはず。
心からお金を求めよう。
お金という薬はどんな精神薬よりも効くのだから。
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